世界には、食べてはいけないものが明確に決められている文化が多い。
インドの宗教的食禁忌や、イスラム教のハラールなどが代表例だ。
一方、タイでは「これは絶対に食べてはいけない」とされる食のタブーは比較的少ない。
なぜタイでは、宗教が生活に深く根付いているにもかかわらず、食の制限が厳格にならなかったのだろうか。
仏教は「禁止」を中心にした宗教ではない
行動規範より心の在り方を重視
タイの仏教(上座部仏教)は、何を食べてはいけないかよりも、どのような心で生きるかを重視する。
戒律は存在するが、在家信者に対しては厳密な食の禁止は設けられていない。
食そのものが善悪を決めない
食材自体に「穢れ」や「不浄」を強く結びつける発想が弱い。
そのため、特定の食べ物を全面的に禁じる文化が生まれにくかった。
殺生観は「完全禁止」ではない
不要な殺生を避けるという考え方
仏教では命を尊重するが、現実の生活の中で完全な不殺生は求められていない。
食べるための殺生は現実として受け入れる
魚や肉を食べること自体が、強い罪悪感と結びつくことは少ない。
その代わり、「感謝して食べる」「無駄にしない」ことが重視される。
農業社会が柔軟な食文化を作った
手に入るものを食べる生活
タイの伝統社会では、食材は自然環境に大きく左右された。
「これは食べてよい」「これはだめ」と細かく区別できるほど余裕はなかった。
禁止より適応が優先された
その時手に入るものを、どう調理して食べるかが重要だった。
この環境が、柔軟な食文化を育てた。
多民族・多文化社会の影響
様々な食文化が混在してきた
タイは歴史的に、中国系、インド系、イスラム系など多様な文化の影響を受けてきた。
一つのルールに統一できなかった
異なる食習慣を持つ人々が共存する中で、厳格な共通タブーを設けることは難しかった。
その結果、「各自の判断に任せる」文化が定着した。
インドとの違いが際立つポイント
清浄・不浄の概念が弱い
インドでは、食材や行為に清浄・不浄の区別が強く存在する。
タイではこの区別が比較的弱く、食は現実的な営みとして扱われる。
タブーよりバランスを重視
禁止するより、どう食べるか、どう付き合うかが重視される。
ここが、インド文化との決定的な違いである。
実際には「暗黙の配慮」は存在する
僧侶の前では控える食材
僧侶の前では、酒類や刺激の強い食べ物を避けるなどの配慮はある。
公的な場での節度
完全な自由ではなく、場に応じた振る舞いが求められる。
これはタブーというより、マナーや配慮の問題である。
なぜ食のタブーが少ないのか(まとめ)
タイに厳しい食のタブーが少ない理由は、
- 仏教が禁止中心の宗教ではない
- 食材に清浄・不浄を強く結びつけない思想
- 農業社会における柔軟な生活適応
- 多民族社会による文化的寛容さ
- タブーより調和を重視する価値観
といった要素が重なった結果である。
タイの食文化は、「何を食べてはいけないか」ではなく、「どう食と向き合うか」を重視してきた文化なのである。
