インドでは挨拶・食事・贈り物の受け渡しなど、あらゆる場面で「右手」を使うことが礼儀とされる。
観光客にとっては“ただのマナー”に見えるが、背後には宗教的清浄観・社会構造・身体論が深く関わっている。
本記事では、なぜ右手が“善”で左手が“不浄”とされるのか、その成立過程とインド文化の深層を文化人類学の視点で徹底解説する。
右手文化が形成された歴史的背景
気候・生活環境が“右手=清浄”をつくった
古代インドの生活では、水資源が貴重で衛生環境が不安定だった。
そのため、人々は
- 食事
- 洗浄
- 贈り物
など「清潔であるべき行為」を右手に限定し、
- 排泄
- 身体の汚れを扱う行為
を左手に割り当てた。
こうして 右手=清浄、左手=不浄 という役割分担が定着した。
ヴェーダ文化における“右側の神聖性”
ヒンドゥー教では、右側(ダクシナ)は吉兆を意味する。
儀式の際、
- 神像に右回り(プラダクシナ)で参拝
- 供物は右手で捧げる
など、右方向・右手が宇宙秩序と調和するとされる。
宗教儀礼が、日常作法の基盤になったことで、右手文化が社会全体に浸透した。
階層社会(カースト)との関係
インド社会では“清浄/不浄”の概念が階層と密接に結びついてきた。
右手を使う行為=高い清浄性を持つ行為
と解釈され、その作法を守ることは「正しい生活者として認められる」意味を持つようになった。
“右手文化”の特徴(挨拶・食事・贈り物)
挨拶で右手を使う理由
インドの代表的な挨拶「ナマステ」では、手を合わせる際に 右手が主体 とされる。
これは “神聖な右手で相手を迎える” という礼儀であり、相手への尊敬を表す。
握手をする場合も、必ず右手を差し出す。
食事の際に右手が使われる理由
インドでは手食文化が広く存在するが、食べ物を触れるのは右手のみ。
理由は、
- 味や温度を感じる“知覚の場”
- 清浄性が高い
という宗教的・身体的価値観に基づいている。
贈り物・支払い・書類の受け渡し
ビジネスや家庭でも、
- 贈り物
- お金
- 書類
を渡す際は右手を使うのが礼儀。
右手で渡す=相手へ敬意を示す
左手は「不浄を運ぶ手」とされるため、フォーマルな場では禁忌とされる。
右手文化が生むタブーと儀礼の背景
左手を使うと失礼とされる理由
左手は排泄に使う“身体の浄化の手”と認識されてきた。
そのため、
- 食器に左手を触れる
- 他人に左手を差し出す
- 物を左手だけで渡す
などは強い無礼とされる。
これは単なる汚れの概念ではなく、「不浄が関係性を汚す」と考えられていたため。
宗教儀礼でも右手が中心
寺院でのプージャ(祈り)では、供物・香・灯火の操作すべてに右手を使う。
祭祀を司る司祭(プジャリ)は、「右手は神へ、左手は補助」という作法を厳格に守る。
祝祭・家庭行事でも“右”が吉
結婚式、開業儀礼、新築祝いなどの場では、
- 右足から一歩踏み入れる
- 右手で聖糸を結ぶ
など、右側(ダクシナ)を優先する。
右は幸運の方向、左は不安定の方向という象徴体系があるためである。
他国との比較でわかる“右手文化”の特徴
周辺国との違い
イスラム圏も右手文化が強いが、インドの場合は
宗教儀礼×カースト×身体観
が組み合わさり、より強固な文化体系になっている。
同じ南アジアでも差が生まれる理由
パキスタン・バングラデシュでも右手重視の文化はあるが、ヒンドゥー教の“清浄/不浄”の階層意識が強いインドでは、日常の細部に至るまで右手規範が徹底されている。
まとめ
- インドの右手文化は、衛生観・宗教観・社会秩序が重なり形成された。
- 右手は清浄・吉兆・神聖性、左手は不浄の象徴として扱われる。
- 挨拶・食事・贈与など、生活のあらゆる場面に影響を与えている。
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