インド料理を食べると多くの人が驚くのが「油の多さ」。
とくにギー(澄ましバター)は、ほぼすべての料理に登場します。
なぜインドではこれほど油が重要視されているのでしょうか?
- なぜギーは“神聖な油”とされる?
- なぜ揚げ物が多く、油を多用する料理が多い?
- なぜ地域で油の種類が異なる?
- 健康面とは矛盾しないのか?
実はこの「油文化」は偶然ではなく、
宗教・気候・家畜文化・保存技術・古代医学(アーユルヴェーダ)
が複雑に絡み合って成立したものです。
この記事では、インド料理が油を多用する理由を
歴史と文化背景から徹底的にひも解きます。
インドで“油文化”が形成された歴史的背景
乳製品文化が強かった北インドでギーが特別な油になった
インド北部は牧畜が盛んで、牛・水牛を中心に乳製品文化が発達した。
古代からバターやヨーグルトが日常的に作られ、
そこから生まれたのがギー(澄ましバター)。
ギーは:
- 常温保存が長期間可能
- バターより劣化しにくい
- 高温調理に強い
- 雑菌に強い
という特徴があったため、
暑い気候でも保存できる“理想の油”として爆発的に普及した。
ヒンドゥー教がギーを“神への捧げ物”にした
ヒンドゥー教において、牛は神聖視される存在。
その乳から作られるギーは:
- 神への供物(プラサード)
- 儀式の灯火
- 聖職者の浄化
- 聖典に登場する“神聖な脂”
として使われてきた。
料理文化においても、ギーは
「身体を清める油」 という特別な地位を持つ。
そのためインドでは
“油を減らす=食文化を変える”レベルの難しさがある。
高温・湿度・雨季があるため“油料理が保存に強かった”
インドの気候では、生の食材はすぐ腐敗する。
しかし油を使った料理は:
- スパイスの香りが油に移る(腐敗抑制)
- 高温調理で雑菌が死ぬ
- 食材の保存性が高まる
- 揚げ物は日持ちが良くなる
つまり油は
インドの防腐・保存の重要な技術 だった。
インド料理の特徴(味・主食・食材)と油の関係
① インド料理は“油で香りを引き出す料理構造”になっている
インド料理は「テンパリング(タルカ)」と呼ばれる工程で、
油にスパイスを入れて強火で香りを引き出す。
油を使う理由:
- 油が香り成分を最もよく引き出す
- スパイスの薬効成分も油に溶けやすい
- 香りが全体に均等に広がる
- 料理の骨格(ベース)を作ることができる
つまりインド料理は
“油の香り”が味の基礎 になっているため、
油なしでは成立しない構造。
② ギーは“食材を軽くする”役割をもつ
ギーは油脂でありながら、
乳固形分が取り除かれているため軽く、香りが非常に上品。
インドでは、
- 豆を軽くする
- 根菜の重さを調整
- 肉の臭みを和らげる
- スパイスをまとめる
など“味の調整役”として使われる。
特に豆(ダール)文化が強いインドでは、
ギーは欠かせない油だった。
③ 地域別に油が違うのは“気候と宗教”が関係している
インドは広大なため、地域ごとに油文化が違う。
北インド:
- ギー
- マスタードオイル
→ 寒暖差が大きく濃い料理文化
南インド:
- ココナッツオイル
- セサミオイル
→ 沿岸でココナッツが豊富、体を冷やす作用
東インド(ベンガル):
- マスタードオイル
→ 魚との相性が抜群
西インド(ラジャスタン):
- ギー+植物油
→ 砂漠で保存性が重要
油は地域文化の“方言”のような存在。
油に関するマナー・タブーの背景(宗教×文化)
① ギーを“神聖な場にこぼす”のはタブー
ギーは壇上や儀式で使われるため、
- 足でまたぐ
- 不浄な場所に置く
- 食卓で粗末に扱う
などはタブー。
家庭でも、ギーの容器は
清潔・高い位置・日光を避ける など厳しく扱われる。
② ヒンドゥー教では動物性油の使用に敏感
ヒンドゥーの多くの家庭では、
- 牛脂 → NG
- 豚脂 → タブー
- ギー → 聖なる油
この価値観が料理の油選びに影響している。
実際、同じ料理でも宗教ごとに油が違うのは日常茶飯事。
③ “揚げ物は縁起物”という地域文化がある
とくに北インドの祝いごとでは、
- プーリー(揚げパン)
- パコラ(野菜の揚げ物)
が必ず提供される。
理由:
- 膨らむ=“運気が広がる”
- ギーで揚げると“神も喜ぶ”
- 日持ちが良く客人に配れる
油=揚げ物文化は、宗教儀式とも深い関係がある。
他国との比較でわかる“油文化の独自性”
● 中東
→ ギーはあるが、宗教儀式の中心ではない
● 東南アジア
→ ココナッツオイルは共通
→ だがスパイスの抽出方法が異なる
● 日本
→ 油が“調理補助”の位置
→ インドは“味の基礎”という決定的な違い
まとめ
- インドの油文化は、宗教・気候・保存技術・古代医学が融合して生まれた。
- ギーは神聖で薬効があり、料理の骨格を作る中心的存在。
- 地域差・宗教観・食材によって油の種類が大きく異なるのが特徴。
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